こんにちは!ふるもーす(@frumosart)です。
今回は、AI時代に個人ブログを書く意味はあるのか?という疑問についての回答を、自分の体験談も交えながら熱く語っていきたいと思います。
「もうブログなんて古い」
「ブログはオワコン」
最近(というか随分前から)、そんな言葉をよく耳にします。
SNSでは短い文章や動画が次々と流れ、検索すればAIが一瞬で答えを教えてくれる時代になりました。
「わざわざブログを書く意味ってあるの?」
「情報ならAIが全部まとめてくれるじゃないか。」
私自身も何度もそう思いました。
時間をかけて記事を書いても、アクセスは思うように伸びない。検索で上位を狙っても、AIが先に要約して答えてしまう。それならブログなんて、もう終わりなのではないか。
でも、考えれば考えるほど、私は逆の結論に辿り着きました。むしろAI時代だからこそ、ブログには以前より大きな価値が生まれているのではないか、と。
今日はそんな私なりの考えを書いてみたいと思います。
・ブログを運営していたけどやめようか悩んでいる
・ブログに興味あるけど今からやって意味あるの?
・ブログやって読んでくれる人なんているのかな?
そんな風に悩んでいる人は是非読んでみて下さいね。
「ブログはオワコン」は本当か?AI時代に個人ブログをやる意味
情報ならAIが丁寧に教えてくれる時代に、あえて個人ブログを運営する意味ってあるのだろうか?
この当たり前の疑問に対する私の答えは、当然「ある」です。ただし、それは昔と同じ理由ではありません。
これまでのブログは、「役立つ情報」を届けることが最大の価値でした。
・○○のやり方
・おすすめランキング
・初心者向け解説
こうした情報は、今ではAIが驚くほど上手にまとめてくれます。つまり、「情報そのもの」の価値は以前より下がりました。
やり方も方法も、特定分野に対する専門的な知識も体系的な構造も、ぜーんぶAI先生が懇切丁寧に教えてくれます。
私も、
料理のレシピ
旅先のおすすめスポット
新しいツールの使い方
など、気になることはまずAIに聞いてみます。
そしたら大抵のことはほぼほぼちゃんと答えてくれますし、本当に便利!この便利さを知ってしまうともうAIナシの時代には戻れません。
わざわざ検索画面に
「〇〇 やり方」
「〇〇とは」
「〇〇 口コミ」
と手動で打って、出てきたサイトの1位~10位くらいまでを舐めるように見て情報収集していた頃を思い出すと、めちゃくちゃ効率悪かったなと思います。情報だけならもはやAIで十分なんです。
じゃあ、ブログの価値はなくなってしまったのか?といえば、私はそうは思いません。単に価値が移動しただけです。情報ではなく、「その人自身」に。
AI時代に私があえてブログを書き続けたいと思っている理由
AIは知識をまとめることはできます。でも、一人の人間がどんな人生を歩み、何に悩み、何を信じてきたのか。その積み重ねまではコピーできません。
例えば旅行の記事を書くとしても「この場所には○○があります。」という説明ならAIでも書けます。
でも、
「雨上がりの石畳を歩きながら、現地のおじいさんに教えてもらったパン屋で食べた焼きたてのパンの香りを、私は今でも忘れられない。」
そんな体験は、実際にそこへ行った人しか書けません。
仮に中国旅行に関する記事があったとして
中国には万里の長城というものがあり、これは紀元前○○に建てられ、建てたのは〇〇で~入場料はいくら、営業時間は何時まで、近くにはこういう施設がって云々かんぬん。
そういう情報しか載っていないブログなら、確かに見る価値はないに等しいです。知識だけならあえて個人サイトを読む必要性すらないわけで。
でも、
「古希祝いで母を中国に連れていったらとても喜んでいた。
持病のある母はここ数年遠出できなかったけれど、体調もよくなったので今がチャンスだと思い、親孝行も兼ねて旅行を計画した。中国ドラマが好きな母はずっと中国の歴史建造物を見るのが夢だった。
一緒に万里の長城を登りながら、母の体力の衰えを痛感。いつも元気でキビキビしていた母。今では歩くスピードも大分遅くなり、階段を登るのも一苦労。遺跡観光中、母も年を取ったんだなとそのリアルな姿を目の当たりにして少し切ない気持ちになった。
でも、観光名所を見学しながら「ここが〇〇の場所でね」「主人公が〇〇と出会ったシーンで・・・」と楽しそうに話す母の姿を見て連れてきてよかったと心から思った。
正直、いつまでこうやって一緒に旅行できるか分からない。だからこうして今、母の夢だった場所に大人になった自分と母が立っていられることに感謝したい。行ける時に沢山旅行に行って色々な思い出を作りたい。」
といった内容のブログなら、個人の体験やその人ならではの経験や感じ方、想いが表れていて、「何か感じるもの」がありますよね。
読者が本当に惹かれるのは、「正解」ではなく「解釈」です。そして、人間らしさ、感受性、その人独自のフィルターを通して見たこの世界。言い換えればあなたにしかない個性や思想、世界観。
この人はどう感じたのか。
なぜそう考えたのか。
ブログは、そうした思考の背景や価値観まで伝えられる数少ない場所です。
SNSでは流れてしまうような小さな出来事も、ブログでは人生という一本の物語の一部になる。それが私がブログっていいなと思う理由の1つでもあります。
情報から「歴史」へ。なぜ今、AIに負けないブログが必要なのか
私は、これからのブログは「情報のストック」ではなく、「信頼のアーカイブ」になると思っています。
何年も記事を書き続けるということは、自分の考え方や創作、挑戦や失敗の記録を積み重ねていくこと。それは後から作ることのできない歴史になるハズ。
10年前の記事。5年前の悩み。昔描いていたイラスト。最初に出版した本。全部が一本の線で繋がっていく。
この時間の積み重ねこそ、人間だけが持てる最大の資産なのではないか?
私はそう思うんです。
AIは世界中のありとあらゆる情報を使って完璧な成果物を生成できます。でも、「1人の人間が10年間かけて生きてきた証明」は生成できません。
ブログは、自分という人間の歴史そのものになる。・・・まさに生きた証です。
どんなに偽ろうと思っても、これまでネット上に残し続けてきた自分の足跡や軌跡、生きた証拠だけは改ざんできない。なぜなら一朝一夕で作れるものではないからです。
ブログの価値が「情報」から「歴史」に変わっただけ。
そう捉えてみると、そこに勝てる領域があるような気がしているんですよね。
AI時代に読まれ続けるブログの条件は「プロセス」と「身体性」
これからの時代、一体どんなブログならAI時代でも読まれ続けるのでしょうか?
私は二つあると思っています。一つ目は、「プロセスを書くこと」。完成したノウハウだけを書けば、いずれAIに置き換えられます。でも、
「なぜこの作品を作ろうと思ったのか?」
「どこで失敗したのか?」
「どんな試行錯誤をしているのか?」
そんな制作途中の物語は、その人にしか書けません。
人は結果だけでなく、過程に共感します。発売された作品そのものよりも、「ここまで一緒に歩んできた」という感覚が、読者との信頼を育てていきます。
もう一つは、「身体性」を持たせることです。「一般論」ではなく、
「私は」
「この場所で」
「この人に出会い」
「こう感じた」
という具体的な体験を書く。
AIは概念を語ることは得意です。でも、
雨の匂い、旅先の空気、失敗した時の悔しさ、完成した瞬間の震えるような喜び。
そんな手触りのある記憶は、人間だけが持っています。
昔は、ブログ界隈では
「自分語りはNG」
「役立つ情報を書け」
と散々言われていました。
もちろん今でも役立つ情報は大切です。でも、それだけならAIがもっと上手に書いてしまいます。だからこれからは、
「あなただから読みたい。」
そう思われることのほうが、ずっと大切になります。
絵が上手だから。知識があるから。
ではなく、
この人の考え方が好き。この人の世界観が好き。この人の歩んできた道を見届けたい。
そんな感情が、人と人を繋げる時代になっていくでしょう。
ブランドとは、肩書きではありません。何年もかけて積み重ねた価値観や歴史そのものなのだと思います。
昔みたいに役立つ情報や有益な知識を書くよりも、
自分が何を感じたか?どう思ったのか?
を心のままに書くこと。歴史を重ね、過去を重ね、信頼を積み重ねていくこと。それこそがAIが作り出せないもの。
だからこそ、遠慮せずに自分を思う存分表現できるチャンスなのです。
生身の肉体を持ち、感情や心を持つ人間が唯一AIに勝てるもの。
それが
・プロセス
・固有の身体性
・世界観
・独自の思考や視点
・その人が歩んできた道のり
だとしたら、まだまだ私たち人間にできること、書けること、表現出来るものって沢山あるんじゃないかなって思うんです。
SNSは借り物。ブログという「自分だけの土地」を持つメリット
自分の世界観を表現するのになぜブログがいいの?今はnoteだってSNSだって色々な方法があるのにどうして?
と思う人もいるでしょう。
・・・確かにSNSは便利です。でも、それは借り物の場所でもあります。アルゴリズムが変われば、昨日まで届いていた投稿が突然見られなくなることもある。
一方で、自分でドメインを取得し、サーバーを契約して運営するブログは、自分自身の土地です。誰かに貸してもらった場所ではなく、自分で育てていく場所。
もちろん、お金も時間もかかります。それでも私は、その小さな土地を少しずつ耕していきたい。
「ここで創作を続けていく。」
そんな覚悟を形にできる場所だからです。
自分の生きた証を、人生の道のりを、独自の世界観や解釈、思想といったものを10年後も残したいと考えた場合、SNSではちょっと心もとない部分があります。
自分の大切なものを保管していくのなら、やはり借り物の土地ではなく自分だけの土地を持ちたい。
SNS全盛の今の時代において、あえて私がブログを選んだ理由がそこにあります。
まとめ・AI時代は「誰を信じるか」の時代。未来へ一本の旗を立てよう
これから先、情報はますますAIが届けてくれるでしょう。
だからこそ、人間に残る役割は、「情報を伝える人」ではありません。「人生を語る人」です。
どんな景色を見てきたのか。
どんな失敗をしてきたのか。
何を大切にして生きているのか。
そうした物語は、人間だけが積み重ねられる財産です。だから私は、これからもブログを書き続けます。アクセス数だけのためではありません。検索順位だけのためでもありません。
未来の誰かが私を知りたくなった時、「この人はこんなふうに悩み、考え、歩いてきたんだ」と辿れる、一冊の長い物語を残したいからです。
AI時代だからこそ、人は「答え」を探すのではなく、「誰が言うか」にフォーカスし、「誰を信じるか」を探すようになります。
その時、私のブログが静かにそこに立ち続ける一本の旗でありたい。それが、私が今もブログを書き続ける理由です。
・・・以上、AI時代にブログを書く意味についてを少し真面目に語ってみました。少しでも参考になったら嬉しいです。
ちなみに、星読みの視点から、私のこの『自分だけのブログ=土地へのこだわり』について紐解いた記事はこちらも併せてご覧下さい↓
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金星牡牛座の所有欲を満たす場所。私が今あえてブログを育てる理由
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